タイトルがちょっと重いですが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。
先月父親が他界した。息子にとってはおじいちゃんになる。息子が生まれて3年半。実家に帰るのも盆と正月ぐらいだから回数にするとそんなに会えていないのだが、帰ったときにはじぃじと呼んで遊んでいた。
亡くなった前日のこと
父親の体調が悪くなったと母親から連絡があり、いつ帰るか相談していた。
父親は10年近く寝たきりで去年の春にも一騒動あって家族全員揃ったことがあった。
そのときはみんなに会えたからか病院の先生も驚くほど、回復して一命を取り留めた。
そのこともあり一週間の経過を見てという病院側の言葉もあり、急変したら連絡するとすぐではない感じだった。しかし意識があってわかるときに会っておいたほうがいいとレンタカーを手配し、最低限の荷物で翌日実家に向かうことにした。
父親の死
雪が降っていて高速道路では何度かタイヤチェックで停められる。車に乗ることが嫌いな息子もその日は大人しく車に乗っていた。山越えの道路は真っ白で運転するのもちょっと怖いくらいでハンドルを持つ手を強く握りしめとにかく前に進む。
車の中で突然知らされる父親の死。
「今お父さん亡くなったよー」とLINEが入る。
突然過ぎてわけがわからなかった。昨日までは一週間様子をみると大丈夫そうだったのに、今回も顔を見て帰る予定だったのに….。看取ることが出来なかった。息子はいつもと変わらない雰囲気だった。
実家に着くと、葬儀屋さんが父親を病院から連れて帰ってきた。
そこからの記憶と時間はあっと言う間に流れていった。
近所の方が来られたり、葬儀のプランや香典返し、遺影や供花など色々決めることがあって母親も葬儀屋さんも大変そうだった。
手作りの揚げパンや漬物などを差し入れしてくれる人もいて温かかった。やることが多く買い物に行っている暇もないのですごく助かりました。
お通夜は翌日に執り行われた
顔を見て帰る予定だったので喪服も何も準備がなく朝からバタバタ。
西松屋に車を走らせて息子の正装服を選ぶ。妻は叔母さんに借りた。叔母さん夫婦には何から何までお世話になった。私は実家にあった父のダブルの喪服を着た。父のダブルの喪服はすごく重たかった。
1時間ほどの半通夜が執り行われ、故人を偲び、冥福を祈る。
息子は配られた経本のふりがなを一生懸命読んでいた。お坊さんの声の聞き心地が良かったのか、読んで疲れたのか途中寝てしまった。
翌々日に葬儀
葬儀も1時間ほど執り行われた。経本はなく息子も手持ち無沙汰だったのかお菓子が食べたいとぐずりだした。妻もどうしていいかわからず困っていると姉から席を外してもいいよと声をかけてくれて息子と席を外す。お菓子を食べて満足したのか戻ってきておさまった。
葬儀の後、火葬場に移動し最後のお別れをする。火葬に時間がかかるので待合室でお弁当を食べながら待つ。姪っ子たちがマッサージをしてくれたり、アプリで写真を撮って遊んだりして、意気消沈することなく逆に明るくみんな笑顔だった。1時間半後父の骨になった姿を見て何とも言えない気持ちになった。骨上げのときもみんな父の思い出話に花を咲かせながら笑っていた。
無事に骨上げが終わり繰り上げの初七日法要が行われた。
息子は「じぃじ魂になったの?」「何で骨になっちゃったの?」と息子なりに受け止めようとしていたのかな。
息子が「また会いたいよ」と言う言葉に妻が涙し、それを見た私も我慢していた涙が流れた。


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